宮本神酒男のスピリチュアルな冒険
through the NIERIKA
The Doorway to the Spiritual World
境界(ニエリカ)の向こう側へ、霊的世界へと我々を導いてくれるシャーマンをもとめて、私の旅はつづく。 ニエリカとは
紋面シャーマンと精霊
独龍族(ドゥーロン族)

神話の語り部たるシャーマン
ネパール東部・リンブー族
送魂路Guiding the Soul to the Land of the Dead
世界にはさまざまな死生観がある。チベット・ビルマ語族は、死後その魂ははるか古代の祖先たちがいた場所に戻り、永遠に暮らすと信じている。シャーマンによって送られた亡魂は、山を越え、谷を渡り、幸福の里にたどりつく。
→送魂路 Guiding the Soul to the Land of the Dead
→ ビャンス族(ラン族)の送魂の祭文、セーヤーモ
「送魂絵巻 Painted Scrolls for the Dead」

白馬族のボン教
ピンボと彩色ボン経典

ナシ族版トンパ・シェンラプ
(トンバシャラ)の伝記
トンバ教はボン教か? 鍵を握るトンバ教開祖の神話的伝記、「シャラサ」
ペルシア的創世神話「光と闇の戦い」「マニ教からボン教、そしてトンバ教へ」
シャンシュンを探して
Searching for Zhang Zhung (→photo ZZ1 ZZ2 ZZ3)
古代シャンシュン国はどこにあったのか。 西チベットからパキスタン北部までその領土はのびていたのか。シャンシュン人はどういう人々だったのか。チベット人でなく、アーリア系だったのか。
→ 古代シャンシュン史
→ 洞窟群が語るシャンシュン国 (写真+文)
→ 「荒野の彷徨 〜ある夜、西チベットで〜」

→『世界のシャーマン便り』コラム集目次へ
「今に生きる錬金術」「精霊との結婚式」「天気を変える男」「神がかりの天才」「美少女シャーマンの誕生」「シャーマンを殺せ」「チベットの隠れキリシタン」等。ばんざい地球人」のコラムはhttp://www.earthworks-j.com/banzai/column/index.htmlへ。
All photographs by M.ikio Miyamoto
雲南西北の山襞の奥、独竜江。この地域は物質的には恵まれないが霊的世界を育んできた。峡谷の森には有象無象の精霊やバケモノに満ち溢れている。紋面(顔面刺青)のシャーマン、クレンやドゥナもまたナムという守護霊を駆使し、悪鬼を祓って病を治し、天界に飛翔することができる。(→「独龍江行・紋面と精霊とシャーマニズム」全文)photo1(怒江と独龍江) photo2(牛犠牲の祭天) photo3(紋面シャーマン)map (大) map2 (小)
リンブー族にはイェバというトランス状態で神と交信するタイプのシャーマン(左)がいるが、特筆すべきは膨大な物語(ムンドゥン)を読むシャーマン、サンバ(右)だろう。伝説や神話はこうした物語から発生したのだ。私はネパール東部の山中でトンシン儀礼を見た。庭の中央に樹木(世界樹)を立て、そのまわりをくるくる回りながら、神がかっていく。サンバは数多くのムンドゥンを歌い、神をなだめる。(→「神話の語り部たるシャーマン」全文)
「我々の祖先は文字の書かれた紙を捨てたため、文字は持たないが、その灰を呑み込んだので霊的力をもっている」と、ヒマラヤのタマン族のボンボ(シャーマン)は語った。それは中国西南に流布するネガティブな「なぜ文字がないの」型説話と似ていた。→「ヒマラヤを越えた文字喪失伝承」全文

チベットのシャーマンは、下はヒーラー(巫医)から、上はダライラマ御用達の神降ろしまで、さまざまな種類がある。そのなかでも民衆レベルの神の代弁者となるのがハワ(lhapa)である。アムド・レコン(青海省同仁県)の村々にはたくさんのハワがいて、山神(yul
lha)が憑依し、治療をしたり、神託をのべたりする。
(→「チベットのシャーマニズムの一様式」全文)
more→「レコンを中心としたチベット・アムド史 「レコン民族誌」(Fieldwork in Rebkong)
割股考
ヤオ族に残る中華カニバリズム崇拝
中国の古き民間信仰は、かえってその周辺で息づいている。ラオス北端のランテン族の村で入手した古書はどれも中国民間信仰のにおいがぷんぷんと漂っていた。古書には「花王唱」の台本が載っていた。民間信仰儀礼の際に歌うものである。12のストーリーの半数に共通するのは、重病の姑のために嫁がわが身の股(もも)肉を割いて煮るという孝行譚である。中国には人肉こそが最上の薬という通念が存在していたのだ。→ 「割股考」全文

西はインド・ラダックから東はカム・ギャルタン(雲南中甸、現シャングリラ)まで、数箇所でチベットのチャム(仮面舞踏劇)を見た。レコン(青海同仁)と四川松藩で見たのはボン教のチャムだった。正直、ボン教チャムは仏教のチャムと違って異端面が強いのではないかと、いまでもいくぶん期待をもっている。よりシャーマニズム的ではないか、より黒色崇拝が強いのではないか、そんなふうに。実際は異端というより仏教の一派のようなものなのだが、どこかにドキドキさせる魅力があるのだ。

チベットの宗教の特異性、不可思議性を垣間見せてくれるのがラダックのサキャ派寺院マトゥ・ゴンパで正月に開かれるチャム(仮面舞踏劇)だ。主役はふたりのシャーマン僧ロンツェンである。ロンツェンに憑依する神は五百年前、カワカポ(梅里雪山)を巡礼したサキャ派高僧にくっついてはるばるラダックまでやってきた。その姿といえば虎のふんどしだけの半裸で全身を真っ黒に塗った妖怪なのだ。(→「黒い神が舞い降りる祭典」全文) →関連コラムへ

古代よりテイ族は羌族と並び称せられる塞外民族の雄だった。五胡十六国時代の胡のひとつはテイ族であったし、テイ族の前秦(351〜394)はあとすこしで天下を取るというところまで勢力をのばした。新中国成立後の民族認定の時期、四川・甘粛境界に分布する白馬族は、そのテイ族の後裔を主張したのである。もしそうであるなら、チベット・ビルマ語族の源流を探るにおいてとても重要な鍵となるはずだ。しかし言語を調べると、チベット語、しかも中央チベット語に通ずるものがあり、吐蕃兵後裔説も捨て去ることができなくなるのだ。(→「白馬族古代テイ族後裔説」 →「古代テイ族史」)
→鬼面舞チグ・ジョウ(Photo) →白馬族のピンボと彩色ボン経典

福建省媚洲島の天妃廟。
媽祖はこの小島の霊媒だった。
媽祖生誕祭のとき、ノコギリで自らを痛めるタンキー。(台湾台南)
→ 血を流すタンキーの七つ道具
ラマ・マニパ。チベット文化圏でこう呼ばれる不思議な人びとは、インド西北ヒマラヤ、スピティ地方ピン谷のブチェンを除くと、ほぼ絶滅してしまった。彼らはチベット仏教の在家僧(ニンマ派)でありながら、各地を巡業し、集まった大衆の前でコミカルな寸劇を演じ、刀の舞を見せ、石を割る儀礼を催して邪気を祓う。
→ 旅する芸能僧侶集団ブチェン
→ 「石割儀礼」
→ チベットのダヴィンチ? 「タントン・ギャルポ考」
→ ブチェンが歌う物語集要約
チベット史上最大のミステリー 「ダライラマ六世の秘められた生涯」 (翻訳)
ダライラマ六世(1682〜1706?)は本当に殺されたのか? 十五年もの間民間に育ち、酒と女と詩を愛する俗人に育った六世、ツァンヤン・ギャンツォ。政争のはざまに翻弄された六世は清朝の都北京へ向かう途中暗殺される。しかし六世は刺客の手を免れ、逃亡したという伝説が巷間では流布していた。そこに現れたのがこの書「ダライラマ六世の秘められた生涯」だ。

麗江などのナシ族の葬送は全面的にトンバが取り仕切るが、この地区ではトンバとチベット仏教僧がそれぞれ、ときには同時に、儀礼を進めていくのである。トンバは亡魂を祖先らが住む永遠の地へ送るのにたいし、仏教僧はよき転生を願う。いっぽうは死者のために牛を犠牲にし、いっぽうは殺生を忌避する。このようにときには対立する両者がどのように並存し、儀礼をおこなうのだろうか。→「魂のゆくえ (ナシ族葬送)」




夢の中で神から物語を授かるチベットの吟遊詩人
ある年の秋、ナムツォ湖畔で私は黄金の光に包まれ、恍惚としてふるえた。その数十年前、少年時代のケサル吟遊詩人ツェラン・ワンドゥもまた光あふれる湖上に英雄ケサル王らしき神々しい姿を幻視していた。→「夢の中で物語を授かるケサル詩人」 『世界のシャーマン便り』EWSコラム・バックナンバー
雲南はフビライの元軍が攻めてくる13世紀まで、独立かあるいは半独立の状態を保ってきた。中国とはちがった宗教の歴史をもつのはそのためだ。もっとも早くその信仰を広めたのは大黒天神だった。保山県の大黒天廟は漢代に創建されたという伝承もあるほど、伝来は古く、インドからの伝播とされる。南詔、大理国から元、明、清代をへて、現代に至るまで、アジャリ教(密教)や本主教の影響を受けながら、現在の姿になった。
甲馬(ジァマ)から読む中華民俗 → part1 part2 part3

虎が野にたくさんいた時代、虎は恐怖の対象であるとともに、畏敬の対象でもあった彝族の老虎節は新年の期間に行なわれ、虎たちが各家をまわって予祝をのべ、悪鬼を退散させる。いっぽう土族のウトゥ祭はチベットと中国の習俗が織り交ざった祭りで、冬至前後の「もっとも悪い日」、各家は悪い種を込めてドーナツ状のパンを焼き、七匹の虎がもつ杖にかける。虎たちはそれを川に捨て、川面の氷でみそぎをする。こうしてやはり悪鬼は駆逐される。
写文 老虎節
(雲南楚雄・彝族)
写文 ウトゥ祭
(青海同仁・土族)






インド・キナウル→スピティ→ラダック→ザンスカール→ガンダーラ→バルチスタン→新疆
<亡魂(たま)送りの宵闇、キナウル奇祭> <スピティの旅する芸能僧侶集団、ブチェン> <ラダック、よいどれシャーマンの収穫祭> <シルクロードのチベット城砦> <ウイグル族のシャーマン儀礼>など → The Journey 目次
「イスラムにシャーマンあり」(中国新疆 ウイグル族)
<古代遊牧民族の血を継ぐイスラム・シャーマン>
3人の助手を務める老人たちがコーランの一節をよみあげたあと、太鼓を叩きながら、歌をうたう。バクシも「おまえたち(魔物)は去るのだ。去らねばならない」と歌い、ロープの周囲を踊りながら回り、神剣や鞭を患者に対しふりかざす。
→ 本文 → 関連コラムへ → カシュガル幻惑(Photo集)
→「ウイグル族はなぜ街頭でシシカバブを売っているのか〜ウイグル族史(1)」→「2」 イスラム以前の宗教 →「わが逮捕劇の顛末」

地獄案内
インド、中国、台湾、そしてチベット
Welcome to the Hells
1 本家インドの地獄
2 中国の地獄霊験紀
3 中国西南民族(ナシ族、プミ族、ナムイ族)の送魂絵巻
4 台湾地獄めぐり
5 チベットの六道輪廻図解題
6 ケサルの地獄、目連の地獄(ケサル王の地獄救妻、地獄救母と目連劇の比較研究)



林黙(媽祖)は、福建省の媚洲島に960年に生まれ、987年に死んだという。あるとき林黙の父と兄弟四人が五隻の船に分乗して福州へ向かった。夜、 林黙がうなされ、もがくような動作をしているので、母は彼女を起こし、問いただした。黙は「今お父さんたちの船が嵐に遭遇しています。両手両足と口で各船をおさえたのですが、起こされたときに口を開けたので、お兄さんの船だけ沈没してしまいました」。林黙の名はこのとき大いに高まった。(→本文「媽祖」)
媽祖信仰はアジア中に広まり、最近横浜中華街にも天上聖母(媽祖)を祀る天妃廟が建てられた。圧巻は台湾の天妃廟会だろう。十数万の信徒を含む50以上の地域共同体が八日間かけて北港の廟に向かって進香(巡礼)する。このときに媽祖の神霊がタンキーと呼ばれるシャーマンに降りてくるのである。(→本文「台湾タンキー」)








「チベットの隠れキリシタン」へ
チベット版「死を想え」(ラダック・マトゥ寺)
チベット固有の宗教、ボン教。チベットと東南で接するナシ族、北西で接する白馬族の宗教はボン教なのか? 融合したのか?
欧州では死は鎌を持つ骸骨。(Bukovina, Romania)

雪降る湖底
(九寨溝)
月降るヒマラヤ
(ネパール)

2008年5月12日、巨大地震に襲われた文川県(文はさんずいに文)は羌族の密集した地域のひとつだった。羌族は天を崇拝する民族であり、白石によってその信仰心を表出している。しかし彼らの白石を用いた独特の石造家屋が被害拡大を招く結果になったのは残念なことだった。
はじめて羌族の家屋に入り、屋上の四隅にしつらえた円錐形の土盛りを見たとき、それが天上世界へと通ずる装置のように私には思え、感動した。いつなんどきでも天上へ帰れるように、彼らは日ごろから準備しているにちがいなかった。
白と黒の謎を追う
中国西南のチベット・ビルマ語族はなぜ「白い人」と「黒い人」に分かれるのか

宇宙人!? 岩絵の謎を解く。
→「チラースの岩絵」 →「フンザの岩絵」
→「ガンダーラからチベットへ」 Map
これもチベット Multi-dimensional Tibet
イスラム教のチベット、キリスト教のチベット、茶色の眼のチベット、
モダンなチベット……。常識的でないチベットがそこにあった。